恐るべき事態である。「資本主義はここまで来たか」という感じだ。
しかしながら、この種の状況はこれが初めてということではない。何度となく繰り返されて来た。われわれ一般庶民にとっては個々の問題の重要性に注目することはもちろん大切であるが、それと同時に、それぞれの問題の背景に横たわるもっと大きな構図を明確に理解しなければならない。
例えば、米国が主導した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は参加国の主権を乗り越えて、米企業(投資家)はある国の市場で予測された利益が得られない場合、難癖をつけてその国の慣行(例えば、環境保護条例や製品の安全基準、等)を障壁としてでっち上げ、お手製の仲裁機関に提訴し、得られなかった利益をその国の政府からむしり取るメカニズム(ISDS条項)を折り込んでいた。仲裁機関の判事は業界から送り込まれる弁護士である。彼らはある時は議会でロビー活動に専念し、別の時には仲裁裁判所で判事を務め、企業側の利益を100パーセント追求するのである。この手法はTPPよりもかなり以前に米国とカナダ、メキシコとの間で同意された北米自由貿易協定(NAFTA)においても採用されており、政府や州政府は甚大な被害を受けていた。それが故に、NAFTAは悪名高い条約である。しかし、このような条約を推進する側は自由貿易協定と言う美名の下に各国との交渉を開始し、交渉の内容は極秘にし続けた。まさに、「資本主義はここまで来たか」を物語る格好の事例である。
TPPに関しては、私は当初からこの協定の持つ悪辣なメカニズム、つまり、米国の多国籍企業が外国の富を収奪する巧妙な手法に気付き、このブログでも注意を喚起した。私自身は小兵でしかないが、他にも著名人や専門家が多数この点を指摘していた。しかしながら、全体的に見ると、この種の意見は少数派に留まった。言うまでもなく、大手メディアの宣伝マシーンは圧倒的に強力である。
欧米ではCNNやBBCのニュースを視聴し、ニューヨークタイムズやワシントンポストが報じる記事を読むだけでは、世界の情勢を正しく理解することができないと一般大衆が気付き始めている。その好例はサッカーのW杯ロシア大会である。英国からやってきたサッカーファンはロシアで自分たちが経験した内容は大手メディアが事前に報じていたロシアに関する情報とはまったく逆であると指摘している。
フェークニュースが横行する。変な世の中になったものだ。
前置きが長くなってしまったが、赤ちゃんを母乳で育てる件に戻ろう。
ここに、「米国は赤ちゃんを母乳で育てることに反対 - WHOの職員をアッと言わせた」と題された記事がある [注1]。
米国政府の政策は多国籍企業にすっかりハイジャックされてしまっている。この記事に観察されるように、幸か不幸か、国連の機関でその事実がありありと伺えるのである。
第二次世界大戦で壊滅的な戦禍を受けた国々に対して、米国は、戦後、人道的な援助の手を差し伸べた。今や、米国はあの頃の米国とは似ても似つかないモンスターに変身してしまった。帝国が絶頂期に向かっていた頃と今の衰退期との違いは実に大きい。帝国の覇権を維持するために、米国は、今、なり振りも構わずに行ける所まで行こうとしているかのようだ。
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。
<引用開始>
何十年間にもわたる調査に基づいて、この決議案は子供たちにとっては母乳が一番健康的であり、母乳の代用品の販売については不正確な宣伝や誤解を招くような文言は各国政府が規制するべきであるとしていた。
米国からの代表は、調整済みの粉ミルクのメーカーの利益のために、この議論をひっくり返した。
米代表は、各国の政府が「母乳を与えることを保護し、推進し、支援する」ことを求めるとする文言を削除し、さらには、数多くの専門家が乳幼児には有害な影響を与えると報告している食品の販売については各国の議会が規制を加えるとする他の文言さえも削除するよう迫り、この決議案を骨抜きにしようとしたのである。
この議論に参加していた外交官や政府代表者らの話によると、その企てに失敗した時、米代表は脅しをかけ始めた。この決議案を提出しようとしていたエクアドルが脅かしの最初の標的となったのである。
米代表はぶっきらぼうにこう言った。即ち、もしもエクアドルがこの決議案を撤回しないならば、ワシントン政府はその罰として通商対策を講じるだけではなく、軍事援助を中断するだろうと言ったのである。エクアドル政府は不本意ながらも速やかにそれに従った。
この決議案をめぐる対決については何か国かを代表する10人以上の参加者たちから詳しい話を聞くことができた。これらの参加者は米国からの報復を恐れて、ほとんどが匿名を希望した。
健康を擁護する専門家らは急遽この決議案の起草国を見つけ出そうとしたが、少なくともアフリカや南米の貧しい国々の多くは、ウルグアイやメキシコおよび米国の政府職員によれば、報復を恐れて、身を引いてしまった。
「われわれはこれには驚き、愕然としている。悲しいことだ」と、英国の賛同グループ「べイビー・ミルク・アクション」の政策担当ディレクターであるパティー・ランドールは言う。彼女は、1980年代の末頃から、WHOの意思決定を行うこの総会に出席して来た。
「実際に起こったことはまさに脅迫行為に匹敵する。全世界を人質に取って、乳児や幼い子供たちにとって最良である40年近くの調査結果をひっくり返そうとした」と、彼女は言った。
最終的には、米国の努力は不成功に終わった。この策を導入しようとして最後にやって来たのはロシアであった。米国はロシアを脅迫しようとはしなかった。
米国務省は質問に答えるのを渋って、個人的な外交官の会話を議論することはできないと言った。この決議案を修正するに当たって指導的な役割を担ってきた保健福祉省(HHS)は決議文の文言について異議を唱える決意をしたいきさつを説明してくれたが、エクアドルに対する脅かしについては同省は関与しなかったと述べた。
「オリジナルの草案に記された決議文は子供に栄養を与えようとする母親に不必要なハードルをもたらした」と、HHSの職員が電子メールで述べている。「われわれの認識では、さまざまな理由があって、すべての女性にとって母乳で育てることが可能という訳ではない。これらの女性にはいくつかの選択肢が与えられ、赤ちゃんの健康のために代替策が入手できるようにするべきであって、そうすることが出来る手段については非難するべきではない。」 この広報担当者はより自由に喋べれるように匿名のままで居たいと言った。
ベイビーフードの業界からはロビー活動家らがこのジュネーブの会合に出席していたが、健康促進派の賛同者らは彼らがワシントン政府の強力な片腕の役割を演じていることを示すような直接の証拠は見えなかったと言う。700億ドルにも達するこの業界は米国ならびに欧州の少数の企業によって独占されており、富裕な国々ではより多くの女性が母乳を与えていることから、最近数年間の売り上げの伸びは平坦なままである。総じて、ユーロモニターによれば、2018年の世界的な売り上げは4パーセントの伸びが見込まれている。この成長率の原動力のほとんどは発展途上国である。
母乳を与えることに関する決議案に関する米政府の反対は実に激しく、このことは公衆衛生関連の職員や外交官らを驚かせた。この現状はオバマ政権時代のそれとは大きく異なる、と彼らは言う。オバマ政権は母乳で育てるというWHOの長期にわたる政策を概して支持していた。
議論の最中、米国代表のひとりはWHO への拠出金の中断を仄めかしたと数人の交渉担当者が述べている。この保健機関への拠出金ではワシントン政府は最大級の拠出国であり、昨年は8億4千5百万ドルを提供し、この機関の予算の約15パーセントを占めた。
この争いは数多くの公衆衛生や環境問題に関して利害関係を持つ米企業の肩を持とうとする米国政府の最新の事例である。
NAFTAの再交渉を進める討議においては、ニューヨークタイムズが入手した草案によると、カナダやメキシコ、米国の政府がジャンクフードや砂糖成分を大量に含む飲料には警告表示を付けさせるという政策に関しては、米代表はこれを抑制するような文言を押し付けて来た。
母乳で育てるとする決議文を討議していたジュネーブでの会合の最中、米国は高まるばかりの肥満率に取り組もうとする各国に対する忠告を記述した文書から「ソーダ税」を推奨する文章を削除することにまんまと成功した。
また、貧困国家にとって命を救う医薬品を容易に入手できるようにするためのWHOの救援努力を米国は葬り去ろうとした。しかし、これは失敗に終わった。開発途上国での医薬品の入手性を高める方策として特許法の改正を求める声が高まっているが、ワシントン政府は、医薬品業界を支援しようとして、この動きに抵抗してきた。トランプ政権はこの取り組みに対して反対の立場をさらに強化している。
ジュネーブにおける米代表のこれらの行動は同盟関係や気候変動に関するパリ合意、イラン核合意、NAFTA、等の多国間協定で長期にわたって確立されてきた慣行を覆そうとする米政府の戦術と符合する。
ジュネーブの国際・開発研究大学院のグロ―バル・ヘルス・センターでディレクターを務めるイロナ・キックブッシュはトランプ政権はWHOのような国際的な健康に関する機関に長期的な悪影響を与えるかも知れないことから懸念を強めていると述べている。WHOは開発途上国においてエボラの蔓延を食い止め、糖尿病や循環器系の疾患による死者数の急増を抑える上で欠くことのできない役割を果たして来た。
「これは皆を非常に神経質にしている。何故かと言うと、健康に関して多国間協調主義を採用できないとするならば、いったいどんなテーマで協調できるのだろうか?」と、キックブッシュは質問を投げかけている。
ロシア代表は母乳で育てるという決議案を提案することは原則論の問題であると述べた。
「われわれはここでヒーローになろうとしている訳ではない。大国が弱小国を追い回すことは間違いだ。特に、世界中の国々にとって非常に重要な課題についてはなおさらのことだ」と同政府の代表が匿名で喋ってくれた。彼はメディアに対して意見を述べる任は与えられていないのだ。
米国はモスクワ政府に対してこの政策から身を引くように求めては来なかったと彼は言う。それでもなお、米代表は二日間にもわたって行われた一連の会合においては手続き上の操作を駆使して、他の参加国を説き伏せしようとした。こんなに長時間を要するとは誰もが予想してはいなかった。
最終的に、米国の試みは概して失敗に終わった。決議文の最終案はオリジナルの文言の大部分を保持した。しかし、「乳幼児用の食品を不適切なやり方で販売する」ことを禁止するよう求めた参加国に対して米国の交渉担当者はWHOが技術的支援を提供するという文言を排除させた。
また、米国は「証拠に基づいた」という文言は母乳で育てることを推進する長年の取り組みに言及することになると言い張った。批判者たちはこれは策略であって、親たちに授乳に関する注意や支援を提供するプログラムを台無しにするために用いられるかも知れないと述べた。
カナダのInfant Feeding Action Coalitionでディレクターを務めるエリザベス・スターキンは40年間にわたる調査が母乳の重要性を特定したと述べている。母乳は必須栄養素を供給するだけではなく、新生児が感染症に罹ることを防止するホルモンや抗体をも提供してくれるのである。
2016年のランセット誌に掲載された研究によると、全世界で赤ちゃんを母乳で育てるとすると、年間80万人もの赤ちゃんの死亡が回避することができ、医療コストは低減し、母乳で育てられた子供たちによる経済的恩恵も加わって、総額で3千億ドルも節約されると言う。
科学者らは二重盲検法による調査を行うことは嫌っている。この場合、一方のグループには母乳を与え、他方のグループには代替品を与えることになる。「この種の証拠に基づいた研究は倫理的にも道徳的にも受け入れられない」と、スターキンは言う。
総額700億ドルに達するベビーフード市場では最大級の企業であって、シカゴに本拠を置くアボットラボラトリーズはコメントを控えた。
米国でかなりの規模のビジネスを有し、スイスに本社を構える大企業のネスレはエクアドルに対する脅かしからは身を引いており、当社は母乳の代替品を販売するに当たっては国際的な基準に準拠したいと述べている。国際基準はこの種の製品が不適切に販売されることを政府が規制し、母乳を与えることを推奨するよう求めている。
通商上の脅かしに加えて、駐エクアドル米国大使のトッド・C・チャプマンは首都キトーでの政府高官との会合でトランプ政権はエクアドル北部で提供している軍事援助を中断し、報復するかも知れないと仄めかした。この会合に参加したエクアドル政府の高官によると、エクアドルの北部一帯はコロンビアから越境してくる暴力に悩まされているのだ。
チャプマン氏とのインタビューを申し込んだが、キトーの米国大使館はこれを拒んだ。
「母乳で育てるといった小さなことがいったいどうしてこうも大きな反応を引き起こしたのかについては理解できなかったので、われわれは大きな衝撃を受けた」とエクアドルの政府職員が言った。彼女は職を失うことを恐れて、匿名を希望した。
コロンビアからウェスリー・トマセリが寄稿した。
この記事は最初にニューヨークタイムズ紙上で出版された。
注: この記事に表明されている見解は全面的に著者のものであって、必ずしもInformation Clearing Houseの見解を代表するものではありません。
注: この記事に表明されている見解は全面的に著者のものであって、必ずしもInformation Clearing Houseの見解を代表するものではありません。
<引用終了>
これで全文の仮訳が終了した。
この記事を読むと、米国政府は米国のビジネスを何としてでも繁栄させ、経済的覇権を維持しようと躍起になっていることが伺える。例えば、最近話題になっている鉄鋼製品やアルミ製品に対する輸入関税に見られるように、トランプ政権は同盟国に対してさえも強硬な要求を突きつけている。
TPPの交渉段階での討議は秘密にされて来たが、この記事を読むと「さもありなん」と思わせるものがある。米国代表が交渉相手を脅かすことがあることを一般大衆に知られたくはなかったのだ。
トランプ大統領は大統領選においては「米国第一主義」を唱えていた。当時、その内容が具体的にはどのような政策となるのかについては、少なくとも私には理解できないでいた。ここに引用した記事が報じているように、具体的にはこうなんだということが、今、判明しようとしている。米国第一主義とは米国が自国の利害を追求する際にその代償は米国が支払うのではなく、周りの国々が支払うということに他ならない。
思うに、米国が世界で最大級の経済を維持しながらも、対外政策における影響力を行使することが出来る選択肢は、中国経済の成長やBRICs諸国の台頭によって、今や、確実に狭まりつつある。そして、米国以外の世界にとってもっとも悩ましい課題は米国が軍事的優位性にますます依存するようになるのではないかという点だ。
この記事を読むと、米国政府は米国のビジネスを何としてでも繁栄させ、経済的覇権を維持しようと躍起になっていることが伺える。例えば、最近話題になっている鉄鋼製品やアルミ製品に対する輸入関税に見られるように、トランプ政権は同盟国に対してさえも強硬な要求を突きつけている。
TPPの交渉段階での討議は秘密にされて来たが、この記事を読むと「さもありなん」と思わせるものがある。米国代表が交渉相手を脅かすことがあることを一般大衆に知られたくはなかったのだ。
トランプ大統領は大統領選においては「米国第一主義」を唱えていた。当時、その内容が具体的にはどのような政策となるのかについては、少なくとも私には理解できないでいた。ここに引用した記事が報じているように、具体的にはこうなんだということが、今、判明しようとしている。米国第一主義とは米国が自国の利害を追求する際にその代償は米国が支払うのではなく、周りの国々が支払うということに他ならない。
思うに、米国が世界で最大級の経済を維持しながらも、対外政策における影響力を行使することが出来る選択肢は、中国経済の成長やBRICs諸国の台頭によって、今や、確実に狭まりつつある。そして、米国以外の世界にとってもっとも悩ましい課題は米国が軍事的優位性にますます依存するようになるのではないかという点だ。
参照:
注1: U.S. Opposition to Breast-Feeding Resolution Stuns World Health Officials: By Andrew Jacobs, Information Clearing House, Jul/09/2018
注1: U.S. Opposition to Breast-Feeding Resolution Stuns World Health Officials: By Andrew Jacobs, Information Clearing House, Jul/09/2018
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