米国社会の衰亡を予言したソルジェニーツィン:
40年前、世界は東西冷戦の真っただ中にあった。米国へ亡命中のソルジェニーツィンはハーバード大学で講演をし、西側における余りにも過剰な個人主義思想は社会の衰亡と退廃を招くだろうと述べた。
最近、マイケル・キンは「ソルジェニーツィンは40年も前に米国の退廃的な崩壊を予言していた」と題して次のような興味深い論考を発表した(注1)。
《米国社会はソルジェニーツィンが言った「終焉の兆候」を今われわれに見せているのだろうか?
彼は「分別を失うほどの優越性」や「勇気の喪失」は「終焉の兆候」であると言い、倫理的規範が必要であり、法的規制だけでは社会にとって十分に有効ではないと言った。
彼曰く、「私は全生涯を共産主義の下で過ごしてきた。客観的な法的規範を持たない社会は実に恐ろしいものであるとお伝えしておこう。しかし、法的規範を有するだけで他の規範を持たない社会は人間のためになるのかと言えば必ずしもそうではない。」
「われわれは人間生活や人間社会に関する基本的な定義を改訂せざるを得ないだろう。しかし、人間ははたして他のすべてを超越する存在なのだろうか?人間が超すことが出来ないような超越的な精神世界があるのではないだろうか?人間生活や社会活動を物的な追及の観点だけから決定してもいいのだろうか?われわれの魂の全体性を犠牲にしてまで物的な追及を行うことは許されるのだろうか?」
彼が発した疑問は当時の米国の知識層の心を揺さぶった。これらの言葉は非常に本質的であって、米国社会の矛盾を軽薄な美辞麗句で覆い隠すことはできなかった。米国では物的追及が国家全体の目標と化し、米国の対外政策は軍事的優位性を直接あるいは間接的に行使し、他国に脅しをかけ、海外の資源、特に、原油や天然ガスをただ同然で入手することを目標としている。米国に都合が良くない国家については、ふんだんな資金を有するNGOを使ってその国でカラー革命を起こし、政権交代を促す。国境の近くで軍事演習を行う。空母艦隊を派遣する。このような手法が衰えることもなく、繰り返されてきた。》
米政府内のふたつの報告書 - 軍事的環境:
「ふたつの報告書によると米国の衰退はさらに進行し、戦争のリスクが高まる」と題された記事がここにある(注2)。その要約を次に示そう。
《ふたつの報告書のひとつは2018年11月に米議会の諮問委員会によって発行された(注3)。
この報告書は「国内や海外における変化によって米国の軍事的優位性が低下している」ことを認め、この「優位性」の低下は「米国の極めて重要な国益」に脅威をもたらすと指摘している。
地域的な勢力関係に地政学的な変化が加わり、これが「敵国の抑止力あるいは米国の同盟国の自信を弱体化させ、その結果、軍事的紛争が起こる可能性を大きくしている。」 もしも軍事的紛争が起こると、米国は「受け入れ難い程の甚大な人的被害を受け、主要なインフラに大損害を被るであろう。」
さらに、本報告書はこう述べている。「米国は対空防衛や対ミサイル防衛、サイバー空間や宇宙における作戦、対艦や対潜水艦の戦闘能力、地上型長距離砲、電子戦、等の主要な分野で軍事的優位性を失いつつある。」
「米国の強みは米国の軍事的優位性を支えてきた数多くの主要な先端技術にあったが、それらの優位性は今や低下しつつある。物によってはすでに消滅してしまった。」
しかし、上記に引用した内容は西側の大手メディアではほとんど報道されなかった。先端技術や戦略的優位性の欠如を認めることは米国に対する脅威の排除を可能とする米国の「全能のイメージ」とはどうしても相容れない。同盟国は米国の「傘」という心地良い思い込みにどっぷりと浸っていたいのである。
米国の軍事費の規模は、今日、米国に続くトップ8ヵ国の合計に匹敵する。この軍事費をさらに増加させるということは、同報告書によると、年金や医療、社会保障、等の予算を削ることを意味する。崩れ落ちそうな橋梁の保全や学校の整備は据え置きとなるだろう。軍事費の増加は米国社会の凋落をさらに加速することになる。
二番目の報告書は米会計検査院によって2018年12月に発行されたものだ(注4)。この文書は一番目の文書に比べて一般大衆にはほとんど伝えられなかった。
大手メディアが報道したくなかった理由はこの米会計検査院の報告書は、米国にとっては最大の敵国であるロシアや中国に比べて、米国の軍事力がどの分野で見劣りするのかを具体的に報告しているからであろう。
相対的に軍事的弱点が存在することは今に始まったことではない。アンドレイ・マルティアノフは「軍事的優位性の喪失」(原題: Losing Military Supremacy)と題した新刊書(2018)でロシア軍の軍事技術がいくつかの重要な分野で米国を上回っていると詳細に報告した。さらに、マルティアノフがロシアに関して述べたことは中国の軍事技術についてもあてはまる。
マルティアノフが言わんとしたことは2018年3月1日にプーチン大統領がロシア議会で行った演説においても劇的に論じられている。米国側の当初の反応はプーチンの主張を無視することであった。しかし、数日後、軍産複合体はプーチンの演説で言及されたロシア軍の兵器の優位性に対抗するための予算処置を要求した。》
(注:プーチン大統領が言及したロシアの新兵器に関しては、2018年3月16日に「芳ちゃんのブログ」に掲載した「ロシアの新兵器が意味すること」と題した拙文をご覧願いたい。いくつかの論点の中でもっとも驚異的なことはこれらのロシアの新兵器は米国の空母軍団を時代遅れで、まったく役に立たない代物に化してしまうだろうという指摘だ。それを示唆する事例をご紹介しておこう。2015年の10月14日の記事(メキシコの日刊紙Le Jornada)に注目してみよう。この日刊紙のハリフェ・ラーメ記者はモスクワ在住の政治分析の専門家であるロスティスラフ・イシチェンコの見解を引用して、次のように報じた。「先週、カスピ小艦隊(排水量が949トンのコルベット艦4隻)から発射されたカリブル巡航ミサイルは1,500キロも離れたシリア国内のイスラム過激派の拠点を正確に攻撃した。これはワシントンの度肝を抜いたようだ。今回のロシア艦隊の行動は米国が今まで誇示してきた米海軍の優位性に終わりが来たことを告げた。ロシアが巡航ミサイルを発射した2日後、米空母セオドア・ルーズベルト(満載排水量は104,581トン)は突然ペルシャ湾を後にした。同空母はこの4月からペルシャ湾に配備されていた。多分、これは単なる偶然ではないと思う。」)
《この米会計検査院の報告書はプーチンの演説が「はったり」ではないことを示した。
米国政府やディープステーツには一般的にある種の思いこみがあって、端的に言って正気の沙汰とは思えないが、ロシアまたは中国との核戦争では米国は「勝ち抜く」ことができるという考え方が支配的である。しかしながら、この米会計検査院の報告は連中のとっぴな思い込みや野心に水をさした。
これらふたつの米国内の報告書は先端技術や軍事面において米国がかって持っていたダントツの優位性が今や失われてしまったことを示している。米国は台頭するふたつの強国、ロシアと中国に取って代わられることを何としてでも防止したいという決意を示しているが、米国の決意が全世界を核兵器の応酬に巻き込むことになるのかどうかは2019年の最も中核的な議論のひとつとなるだろう。》
進行する「脱米ドル」化:
ここに「米ドル離れを選択したトップファイブの国々およびその決断の背景」と題された記事がある(注5)。RTは米ドルに依存することをやめると決断した国々を調べ、そのような決定の背後にある動機を探った。その要約を次に示す。
《中国:米中間で起こっている貿易摩擦は、米国が中国に課した経済制裁と相俟って、世界で二番目に大きな経済を有する中国を米ドルへの依存から脱却する方向へと追いやっている。
北京のお家芸であるソフトパワー・スタイルを保ちながら、中国政府は本件について声を荒げるようなことはしなかった。しかし、中国人民銀行は同国が保有する米財務省証券を定期的に減少させている。その保有量は2017年5月以降で最低水準に達した。
中国は自国通貨の「ユアン」を国際化させようともしている。ユアンはIMFの通貨バスケットに組み込まれて、米ドル、日本円、ユーロ、英ポンドと並んだ。北京政府はユアンを強化するために最近いくつかの策を講じた。たとえば、金の備蓄を増加、ユアン建ての原油先物市場の開始、国際取引では現地通貨を使用、等。
インド:世界で6番目に大きな経済を持つインドは最大級の商品輸入国のひとつである。同国は地球規模の地政学的紛争から直接の影響を受けやすい。もしも貿易相手国が経済制裁を課されたならば、インドは甚大な影響を被る。
モスクワ政府に対して米国が経済制裁を課したことから、今年の始め、デリー政府はロシア製のS-400対空ミサイルシステムの決済には「ルーブル」を使うことにした。また、米国がイランに再度経済制裁を課したことから、インドはイラン産原油の輸入に当たっては「ルピー」を使用する。昨年12月、インドとアラブ首長国連邦は通貨のスワップ取引に合意し、第三国の通貨を使用せずに貿易や投資を促進することにした。
トルコ:今年の始め、トルコのエルドアン大統領は同国の貿易相手国との間で米ドル以外の通貨を使用するという新政策を採用し、米ドルの独占を終焉させるとの計画を発表した。その後、アンカラ政府は中国やロシアおよびウクライナとの貿易ではそれぞれの自国通貨を使用するよう準備をしている。また、トルコはイランとの決済については米ドルの代わりにそれぞれの自国通貨を使用することを検討している。
これらの動きは政治的な理由からだ。2016年に起こったエルドアン大統領の失脚を狙ったクーデター未遂事件以降、アンカラとワシントンの関係は悪化した。エルドアンはこの反乱に米国が関与したと疑っており、米国に亡命中であるギュレン師をかくまっているとしてワシントン政府を非難。アンカラ政府は彼がこのクーデターを陰で操っていたとして非難した。
イラン:国際通商の場に戻って来たイランは盛大に迎えられたが、お祭り気分は長くは続かなかった。トランプ米大統領は2015年に締結されたイラン合意を破棄。この合意はテヘラン政府と英、米、仏、独、露、中およびEUから成るグループとの間で締結されていたものだ。
イランはワシントンが再開した厳しい経済制裁の攻撃目標となっている。米国は禁輸措置を破った国に対しては如何なる国であっても罰金を課すとして脅しをかけている。厳罰主義によるこの制裁措置はイランとのビジネス関係を禁じ、特に、同国の原油産業とのビジネスについては厳重に取り締まるという。
テヘラン政府は原油輸出の決済には米ドルに代わる代替通貨を模索することとなった。インドへの原油輸出では「ルピー」を使い、イラクとの間では物々交換取引を検討中である。
ロシア:プーチン大統領は「米国は米ドルに対する信頼感を揺るがし、重大な戦略的過ちを引き起こしている」と述べた。彼は米ドルによる決済を制限せよとか、米ドルの使用を禁止せよと指示したことはない。しかし、ロシアのアントン・シルアノフ財務相は、今年の始め、同国は米財務省証券の保有を減らし、ルーブルやユーロ、貴金属といったより安全な資産に移行すると述べた。
2014年以降に導入された米経済制裁によってロシアの負担は大きくなるばかりであり、同国はロシア経済の米ドル離れのためにいくつかの策を採用している。米国がロシアの金融システムを狙い撃ちにする厳しい制裁を新たに発動したことから、ロシアはSWIFTやビザ、マスターカードを代替する支払いシステムを開発した。
当面、ロシアは輸出業務ではその一部で米ドルからの脱却に成功し、中国、インドおよびイランを含む数多くの国々との間で通過スワップ協定を締結している。最近、ロシアはEUとの貿易では米ドルに代わってユーロの使用を提案した。》
私が思うには・・・:
このような環境下で日本が選択し得る選択肢は何か?
最大の問題点は日本は今まで通りの外交政策を継続することが出来るのかという点であろう。米国の優位性が弱まる中、日本は米国の覇権の傘の下で何時までも心地よい思い込みに浸っていてもいいのか?
2018年10月、安倍首相は7年ぶりに中国を公式訪問し、対中政策について競争から協調へと大きく舵を切った。
《今回の日中首脳会談では日中新三原則が謳われた。「競争から協調へ」、「パートナーとなって、脅威にならない」ならびに「自由で公正な貿易体制を発展させていく」という方針が安倍首相から提示され、習近平国家主席がそれを承諾するという形になった。尖閣諸島・東シナ海問題を事実上棚上げし、東シナ海ガス田の共同開発について日中交渉を再開することで両首脳は合意した。(注6)》
長期政権を自慢する安倍政権はこれはと言えるような成果を挙げては来なかったが、安倍首相が選択したこの中国との和解は正解だ。日本にはそれ以外の選択肢はあり得ないのではないか。現時点の日本の一般大衆の間では「日本は米国追従を続け、米国の対中新冷戦に歩調を合わせる」という現状維持の考えが多数派かも知れない。しかし、その方向性は日本にとっては政治的にも、経済的にも、軍事的にも自殺行為に等しいと言わざるを得ない。さまざまな困難が待ち受けているとは思うが、日中間の和解は進めなければならない。
米国が破棄するといったINF条約はヨーロッパを舞台とした条約であるが、米国がINF条約を破棄する真の目的はロシアだけが条約の相手ではなく、中国をも含めた新条約を締結することにあると言われている。
もしも新条約の締結に至らなかった場合はどうなるのか?:
愚かにも米国が敵国とみなす中国との間で戦争を始めた場合、中国軍にとっては日本の各地に存在する米軍基地は第一級の軍事的攻撃目標となる。沖縄ばかりではなく、本州から北海道までだ。東京近辺には横田、厚木、座間、横須賀、等に主要な米軍基地がある。専門家に言わせると、日本は壊滅する。中国の技術革新は目覚ましく、重要な分野で米軍の軍事的優位性が揺らいでいることはすでに述べた通りである。
世界が戦争と平和の岐路に立たされている今、あなたはどちらを選択するのだろうか?日本は東アジアを舞台にした米ロ中三ヵ国間の新INF条約の締結に貢献すべきだ。(2019年2月14日脱稿)
注1: Solzhenitsyn Correctly Predicted the
Decadent Collapse of America 40 Years Ago - Russian TV News: By Michael Quinn,
RUSSIA INSIDER, Jan/06/2019
注2: Two New Reports Point to Further US Decline and Higher
Risk of War: By James O’Neill, Dec/22/2018
注3: Providing for the Common Defence - The Assessment and Recommendations of the National
Defense Strategy Commission: By the Commission on the National Defense Strategy for the United States, Nov/13/2018
注4: National Security: Long Range Emerging Threats
Facing the United States as Identified by Federal Agencies: By US GAO,
Dec/13/2018
注5: Top 5 countries opting to ditch US dollar and the reasons behind
their move: By RT, Jan/02/2019
注6: 7年ぶりの日中首脳会談で得したのは誰?日本と中国、双方に成果はあったのか:日経ビジネス、福島香織、2018年10月31日
初出:季刊「日本主義」No.45、2019年春号(2019年3月25日発行)
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