ジャーナリスティックな表現を用いて激動する昨今の国際政治を描写すると、第二次世界大戦以降米国によって推進されてきた単独覇権は、今や、ガラガラと音を立てて崩壊し、多極型世界が現出しようとしている。すでに一部の専門家は同じことを未来形ではなく、過去形を用いて言っている。
たとえば、ドル建てではなく、実質購買力で算出される実際の中国経済は米国のそれを20%も抜き去ってしまったと報じられ、新型コロナ禍以降低迷している米国経済を後目に、中国経済は成長路線を続けているという。米中間の経済格差は広がる一方である。当然のことながら、中国の軍事予算も巨大化するばかりだ。外交に目を向けると、中国はサウジアラビアとイランとの外交関係の再開を仲介し、中東世界における中国の存在感を強めている。通貨面においては、中国とブラジルは両国間の貿易決済をドル建てではなく、自国通貨にすると発表したばかりだ。米国の裏庭とも言わてきた南米では、最大規模の経済を誇るブラジルが米国にとっては極めて不都合な政策を公表したのである。サウジが主導するOPEC諸国は日量で100万バレル強を減産すると発表。これは原油の市場価格を低く抑え、ロシアの原油輸出代金の受取額を最小化させるという米国の狙いに真っ向から水を差すものだ。米国経済を支え続けてきたオイルダラーは、今や、隆盛を見せたかっての面影はすっかり消え去ろうとしている。シリコンバレー銀行から始まった米銀の倒産はヨーロッパ大陸へ飛び火した。経営不安が広がったクレディスイス銀行はUBSに買収され、ドイツ銀行の株価が急落し、新たな危機を乗り越えられるかどうかが懸念されている。
西側にとっての最大級の脅威は中ロの接近であろう。さらには、今まではライバル意識が強かったインドと中国との間の関係も改善へと向かっている。これらはすべてが世界の多極化に向けた大きな一歩である。
ここに地政学的な評論では定評のあるぺぺ・エスコバーが書いた「多極化世界の首都」と題された最新の記事がある(注1)。中国と並んで、非米諸国を率いるロシアについて彼はモスクワの街角からロシアの躍動を描写しようとしている。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
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モスクワでは危機は感じられない。経済制裁の影響はない。失業もない。通りにはホームレスはいない。インフレは最小限に抑えられている。
第一級のモダニストであった古き良きレーニンがどれほど鋭かったかは「何も起こらないような数十年があり、何十年分もの出来事が起こるような週もある」と言った彼の言葉に容易に観察される。クレムリンではプーチン・習によって地政学的ゲームを変貌させ得るサミットが最高潮に達する中、今あなたに演説をしようとしているこの世界的な遊牧民(訳注:「遊牧民」とは世界中を飛び回って取材を行っている著者自身を指しているものと解される)は歴史的岐路のど真ん中に位置するモスクワで4週間を過ごす特権を享受している。
習主席の言葉を引用すれば、「100年間にもわたって見られなかった変化」にはわれわれ全員に対してさまざまな影響を与えるこつがある。
もう一人の近代のアイコンであるジェイムズ・ジョイスはわれわれは平均的な人々や並外れた人々に何度も会うことに人生を費やしていると書いているが、最終的には、常に自分自身に会っているのである。私はモスクワでは信頼できる友人や縁起の良い偶然に導かれて、一連の並外れた人たちにお会いする特権を与えられた。結局のところ、これらの人たちはあなたご自身や包括的な歴史的瞬間を豊かにする事柄をあなたが理解し始めることさえもできないような方法であなたの魂があなたご自身に伝えてくれる。
ここにいくつかの事例がある。モスクワ州立大学には古代ギリシャ語を教える才能豊かな青年、ボリス・パステルナークの孫が居る。ロシアの歴史や文化に関して比類のない知識を持った歴史家がおり、タジキスタンの労働者階級はドゥシャンベの快適な雰囲気を持った喫茶店に群がって来る。
ビッグセントラルラインでループを描き、畏敬の念を抱くチェチェン人とトゥバ人(訳注:南シベリアに住むテュルク系の民族)。共通の関心のある問題について話し合うために、安全保障問題に非常に注意を払っている友人から送られてきた素敵なメッセンジャー。地下鉄のマヤコフスカヤ駅で演奏する非常に熟練したミュージシャンたち。無限のエネルギーで活気に溢れた見事なシベリアの王女はエネルギー産業に以前から適用されていたモットーであるシベリアの力をまったく新しいレベルにまで引き上げた。
親愛なる友人のひとりが私をピョートル大帝のお気に入りであった東方正教会の典型的な純粋さを示すデヴィヤティ・ムチェニコフ・キジチェスキフ教会での日曜礼拝に連れて行ってくれた。その後、司祭たちは私たちを共同テーブルでの昼食に招待し、彼らの自然な知恵だけではなく、騒々しいユーモアのセンスさえをも顕わにした。
10,000冊もの本でぎゅうぎゅう詰めになっているアパートで、国防省を視野に入れ、たくさんのジョークを含めながら、正教とクレムリンとの関係を担当するマイケル神父は宗教的および文化的議論が絶えることがない一夜を過ごした後に、ロシア帝国の国歌を歌ってくれた。
私は帝国の虚偽のプロパガンダマシーンによって特に標的にされてきた人たちの何人かに会うことができて、光栄に感じた。今や諺と化した「寒い国からやって来たスパイ」というお決まりのギャグによって非難されたマリア・ブティナは現在は国会議員である。ヴィクトル・バウトの場合は、ポップカルチャーが「ロード・オブ・ウォー」に転移し、ニコラス・ケイジの映画を完成させた。友人が送ってくれたペンドライブ(つまり、USBドライブ)を介して、米国最大のセキュリティ刑務所で私の記事を読んだとバウトが言った時、私は言葉を失った(彼はインターネットにアクセスできなかったのだ)。不屈な鉄のような意志を持つミラ・テラダは米国の刑務所にいた際に拷問を受けたが、現在は困難な時期に捕らえられた子供たちを保護する財団を率いている。
私は多くの貴重な充実した時間を過ごし、アレクサンドル・ドゥギンとも貴重な議論をした。彼はあらゆる出来事が起こった時代を生き抜いた重要なロシア人であり、純粋な内面の美しさを持った男であり、娘のダリヤ・ドゥギナに対するテロ暗殺によって想像を絶するような苦しみに曝されながらも、哲学全体の繋がりを描くことが必要になると、彼は西洋では事実上比類のないような哲学や歴史、文明史のスペクトル全体との繋がりを描き、今もその深さや到達力を駆使することができるのである。
ロシア恐怖症に対する攻撃について:
そして、外交や学術、ビジネスの会議があった。EAEU(ユーラシア経済連合)のセルゲイ・グラジエフご自身は言うまでもなく、彼の上級経済顧問であるドミトリー・ミティアエフと並んで、ノリリスク・ニッケル社の国際投資家関係の責任者からロスネフチ社の重役に至るまで、私は、対処すべき深刻な問題をも含めて、ロシア経済の現状についてAからZに至るまで短期集中講座を授かった。
バルダイクラブで本当に重要だったのは実際のパネルデイスカッションよりもむしろ傍観者らとの会話の方であった。イラン人やパキスタン人、トルコ人、シリア人、クルド人、パレスチナ人、中国人らが彼らの心中や本心ではいったい何が本当だと思っているのかについて話してくれたのだ。
国際的な親露運動を公式に立ち上げたことはこの4週間の行事の中でも特別なハイライトであった。プーチン大統領が書いた特別メッセージがラブロフ外相によって紹介され、その後で、ラブロフ外相は彼自身のスピーチを行った。後に、外務省のレセプションハウスで私たち4人はラブロフによる私的な歓待を受けた。今後の文化プロジェクトについて議論をした。ラブロフは非常にリラックスしていて、比類のないユーモアのセンスをご披露した。
これは政治運動であると同時に文化運動でもあって、ロシア嫌悪症と闘い、特にグローバルサウスに対してロシアの物語をその非常に豊かな側面のすべてにおいて伝えるように設計されている。
私は創設メンバーであり、私の名前は憲章にも記載されている。外国特派員としてほぼ40年近くの間私は世界のどこにおいても政治・文化運動に参加したことはなかった。遊牧民であり、独立者であることは激しいことなのである。しかし、これは非常に深刻でもある。現在の西側集団の取り返しのつかないほどに平凡な自称「エリート」たちは全面的にロシアをキャンセルしようとしている。「奴らを通すな!」と。
高い精神性や思いやり、慈悲:
わずか4週間で何十年にも相当するような出来事が起こるということはすべてを視野に入れるために必要な貴重な時間を意味している。
雪の中を7時間歩き回った後、私が到着した日に私は最初の直感を確認した。ここは多極化世界の首都であると。私はバルダイ会議で西アジア人の間でそれを目にした。私はここへやって来たイラン人やトルコ人、中国人と話している際にそれを目にした。40を超すアフリカからの代表団が議会の周辺一帯を埋め尽くした時、私はそれを目にした。習主席が町に到着した日であった。私はグローバル・サウスのレセプションで習主席やプーチンが地球上の圧倒的多数に向けて提案をしている姿を目にした。
モスクワでは危機を感じない。経済制裁の影響はない。失業はない。通りにはホームレスの姿はない。最小限のインフレさえもない。すべての分野、特に、農業における代替輸入は大成功を収めている。スーパーマーケットには、西洋と比較してもそれ以上のものが並んでいる。一流のレストランが軒を連ねている。ベントレーを買うことができる。あるいは、イタリアにおいてさえも見つけることができないようなロロピアンナのカシミアコートを買うことができる。「ツム」デパートのマネージャーとお喋りをしながら、われわれは笑い合った。ビブリオグローブス書店では店員のひとりが私に「われわれは抵抗運動員だ」と言った。
ところで、私の親愛なる友人であり、非常に知識の旺盛なディマ・バビッチの仲介で、私は町で最もクールな書店である「バンカー」にてウクライナ戦争について講演を行うことができた。大きな責任であった。聴衆の中には、特に、ウラジミールLがいたからだ。彼はウクライナ人であって、後にウクライナのパスポートを使用してなんとか出国するまでは、2022年までの8年間を銃を突きつけられて過ごしていた。まるでロシアのラジオのような話しであった。その後、われわれはチェコのビアホールに行き、そこで彼は彼の並外れた話を詳しく説明してくれた。
モスクワでは彼らの毒気のある幽霊たちは常に背景に潜んでいる。それでも、今やズビッグ・「グランドチェス盤」・ブレジンスキーのちっぽけな孤児としての資格なんてほとんどないような、錯乱し切ったシュトラウス信奉者のネオコンたちや新自由主義派の連中を気の毒に思わざるを得ない。
1990年代後半、ブレジンスキーは「ユーラシアのチェス盤上での新しく重要な空間であるウクライナは独立国家としての存在自体がロシアの変革に役立つため、地政学的な中心地である。ウクライナがなければ、ロシアはユーラシア帝国ではなくなる」と言った。
非武装化され、非ナチ化されたウクライナの有無にかかわらず、ロシアはすでに物語を変更した。彼らの物語は再びユーラシア帝国になることではない。それはユーラシア統合の長くて複雑なプロセスを主導することである。グローバルサウス全体において真の主権の独立を支援することと並行し、これはすでに効を奏している。
私は第三のローマであるモスクワを出発した。そして、第二のローマであるコンスタンチノープルへ向かった。前日、安全保障委員会のニコライ・パトルーシェフ書記長はロシースカヤ・ガゼータ紙に壊滅的なインタビューを行い、NATO・ロシア戦争に内在するすべての本質を再び概説した。
次のことは特に私に感銘を与えた。「私たちの何世紀にもわたる文化は精神性や思いやり、慈悲に基づいている。ロシアは、助けを求めて来るあらゆる人々の主権や国家の歴史的擁護者である。ロシアは独立戦争と南北戦争の際に、少なくとも2回も、米国を救った。しかし、今回ばかりは米国がその完全性を維持するのを支援することは非現実的であると私は思う。」
最後の夜、グルジア料理のレストランに行く前に、私はピャトニツカヤ通りを完璧な仲間に案内されて、モスクワ川沿いの遊歩道を歩いた。美しいロココ様式の建物が見事にライトアップされている中、ついに、辺りには春の香りが漂っていた。それは、バーグマンが脚本を書いた傑作「ワイルドストロベリーズ」の映画が見せる一コマであり、私たちの魂を揺さぶる。「何々道」を実際に習得するようなものだ。あるいは、ヒマラヤやパミール高原、ヒンズークシの頂上での完全に瞑想的な洞察そのものである。
したがって、結論は避けては通れない。それについては改めて触れたいと思う。すぐにでも。
(著者または代理者の許可を得て、戦略文化財団から転載)
関連記事:In
Moscow, Xi and Putin Bury Pax Americana
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これで全文の仮訳が終了した。
ぺぺ・エスコバーはいろいろな意味で多極化世界の中心的な役割を演じているモスクワが醸し出す哲学的な雰囲気を率直に、かつ、奔放に記述しようとしている。彼がアレクサンドル・ドウギンと議論をした時の描写は秀逸である。この「モスクワ日記」の目玉のひとつであるとさえ言えるのではないだろうか。
彼が直感した将来世界に対するロシアの務めは次の言葉に集約されているように思う:
非武装化され、非ナチ化されたウクライナの有無にかかわらず、ロシアはすでに物語を変更した。彼らの物語は再びユーラシア帝国になることではない。それはユーラシア統合の長くて複雑なプロセスを主導することである。グローバルサウス全体において真の主権の独立を支援することと並行し、これはすでに効を奏している。
過去の出来事を振り返る時、ロシア・ウクライナ戦争は避けては通れない。ロシアが一昨年の末に安全保障政策について米国に向けてロシア側の意図を提言した時、米国は洟もひっかけなかった。このことが米帝国の崩壊を早める一因になったのではないかと思う。米国の真意を完全に読み取ったロシア側は対ロ経済政策を逆手に取って、西側にはブーメラン現象によって経済の低迷を招来させた。さまざまな資源を豊富に持っている国家の強みを最大限に発揮する場面であった。昨年の2月、ロシアはウクライナにおいて特別軍事作戦を展開した。過去8年間にわたってドンバス地域のロシア語住民に対して砲撃を繰り返し、子供や女性を含めて数多くの犠牲者をもたらしてきたキエフ政府軍による武力行使に対してロシアが開始した軍事行動は余りにも遅過ぎた感があったが、米国にとってはロシアの行動は思う壺であった。西側の巨大なプロパガンダマシーンを駆使して、2022年2月以前のキエフ政府軍の非人道的な武力行使はまったく何も無かったかのように装い、「ロシアは突然ウクライナへ武力侵攻を行った。ロシアはけしからん」と言って、一方的に非難した。過去の8年間の歴史を知らない、あるいは、知ろうともしない西側の一般庶民はこのプロパガンダマシーンによる洗脳作戦によって見事に騙されたのである。
しかしながら、隠されていた真実は徐々に表面化しつつある。これは新型コロナワクチンにまつわる虚偽情報が、今、ひとつひとつ暴露され、真実が報じられ始めている過程と瓜ふたつだ。
参照:
注1:The Capital of the Multipolar World: By Pepe
Escobar, Mar/30/2023
補足情報:
返信削除バフムートが陥落?
ロシア・ウクライナ戦争に関する4月8日のインタビュー(UGETube)で、元米海兵隊の諜報専門家であり、現在はロシア・ウクライナ戦争に関して常に事実に基づいた情報発信を続けてきたスコット・リッターはバフムートでは8万人のウクライナ兵が排除されたと述べた。バフムートの戦いは多くの専門家がこの戦争の帰趨を決めることになるであろうと言っていた。もしもバフムートが実質的にロシア軍の手に陥落したとするならば、次の展開は何か?停戦へと繋がるのだろうか?