米国のマイケル・ハドソン教授と言えば経済学における世界的な権威者のひとりである。彼のもっとも輝かしい点は、素人の私が言うのもおこがましいことではあるが、グロ-バル経営を標榜し、世界中の富をかき集め、世界市場に君臨しようとする多くの新資本主義者とは対極の位置に自分の研究戦略を据えて、一般消費者の立場から世界経済を説明し、必要とあれば困難に直面する弱小国家の政府のためにも専門家としての助言を惜しまない姿勢にあると言えるのではないだろうか。
IMFとか世界銀行といった言葉は経済が困窮している国家や破綻しそうな地域経済を救済する際に必ずと言ってもいいほどにスポットライトを浴びる。ギリシャ危機がそうであった。そして、ウクライナでも。これは困窮している国家に融資を提供することによって、その当事国の資源やインフラ、サービス網を超格安で手に入れ、米国の企業がその経営を担い、その利益を米国に吸い上げることができるように計らう巧妙な国際金融メカニズムである。言わば、IMFや世界銀行、SWIFTといった組織は米国の金融資本主義を推進するための強力な道具なのだ。
ウクライナに対するIMFからの融資に関しては、このブログでも、2014年の10月5日に「IMF融資とウクライナ」と題する投稿をしている。その記事の著者はマイケル・ハドソン教授である。同教授はロシア経済を低迷させるための対ロ経済制裁として提案されるさまざまな政策について見逃がされている問題点を指摘していた。そして、あれから9年が経とうとする今、対ロ経済制裁はその目的を発揮せず、皮肉なことに、西側諸国は、今、そのブーメラン現象によって経済の低迷に見舞われている。
ここに、「米国は偉大な帝国を潰してしまった」と題された最近の記事がある(注1)。マイケル・ハドソン教授による極めて大きなテーマだ。彼の目には、米国という帝国はもはや崩壊したと映っているようである。
本日はこれを仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
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ヘロドトスの「歴史」の第1巻、53章には現在のトルコ西部と地中海のイオニア海岸に位置するリュディアの王、クロイソス(紀元前585-546年頃)の物語が描かれている。クロイソスはエフェソス、ミレトス、近隣のギリシア語圏を征服し、貢ぎ物や戦利品を得て、当時最も裕福な支配者の一人となった。しかし、こうした勝利と富は彼に傲慢と思い上がりを招いた。クロイソスは東に目を向け、キュロス大王が支配するペルシアを征服しようと野心を燃やした。
この地域にある国際的なデルフィ神殿に多額の銀や黄金を寄進し、クロイソスはその神殿の神託者に自分が計画した征服が成功するかどうかを尋ねた。ピュティアの巫女はこう答えた。
「もしペルシアと戦争になれば、あなたは大帝国を潰してしまうでしょう。」
クロイソスは紀元前547年頃、ペルシアを攻撃することにした。東に進軍し、ペルシアの属国フリュギアを攻撃した。キュロスはクロイソスを追い返すために特別軍事作戦を展開し、クロイソスの軍隊を破り、彼を捕らえ、その隙にリュディアの金を奪ってペルシャに金貨を導入した。クロイソスは確かに大帝国を滅ぼしたが、帝国は彼自身のものであった。
今日、バイデン政権はロシアとその背後にある中国に対して米国の軍事的影響力を拡大しようとしている。同大統領は、古代のデルフィの神託者のようなもの、つまり、CIAやその同盟者である諸々のシンクタンクに助言を求めた。彼の傲慢さを戒める代わりに、CIAとその同盟者であるシンクタンクはロシアと中国を攻撃することによって米国が世界経済を支配し、歴史の終焉を達成するというネオコンの夢を後押しした。
2014年にウクライナでクーデターを組織した米国はNATOの代理軍を東方に派遣し、ウクライナに武器を与え、ロシア語を話す地域住民との民族戦争を推進し、ロシアのクリミア海軍基地をNATO軍の要塞に変えようとした。このクロイソス級の野望はロシアを戦争に引き込み、ロシアが自国を防衛する能力を枯渇させ、その過程でロシア経済を破綻させ、米国の覇権主義に代わるものとして自立を目指す中国やその他の国々に軍事支援を提供するロシアの能力を破壊することを目的としていた。
8年間にわたる挑発行為の後、ロシア語を話すウクライナ人に対する新たな軍事攻撃が目立つようになり、2022年2月にはロシア国境に向かって走り出す準備が整った。ロシアは独自の特別軍事作戦を展開することによってロシア語を話す同胞たちをさらなる民族浄化の暴力から守った。米国とNATOの同盟国は直ちにロシアが欧州や北米に保有する外貨準備を差し押さえ、すべての国にロシアのエネルギーと穀物の輸入を制裁するよう求め、これによってルーブルの為替レートが暴落することを期待した。これによって、あたかもデルフィの信託であるかのように振る舞う国務省はロシアの消費者が反乱を起こし、プーチン政権が打倒され、1990年代にエリツィン大統領の下で育てたような寡頭独裁の顧客政権を擁立するための米国側の工作が可能になるであろうと期待した。
ロシアとの対立の副産物は西ヨーロッパの衛星国に対する米国の支配を固定化することであった。このNATO内の駆け引きの目的は、自国の工業製品をロシアの原材料と交換することによってロシアとのより緊密な貿易・投資関係から利益を得ようとするヨーロッパの夢を阻むことだった。米国はノルドストリーム・ガスパイプラインを爆破し、ドイツや他の国々が低価格のロシア産天然ガスにアクセスできなくすることで、ヨーロッパ諸国の展望を頓挫させた。その結果、欧州の主要経済はよりコストの高い米国の液化天然ガス(LNG)に依存することになった。
広範な破産状態に陥るのを防ぐために欧州の国内ガスに補助金を出さなければならないことに加え、ドイツのレオパルド戦車や米国のパトリオットミサイル、その他のNATOの「驚異的に有効な兵器」の大部分はロシア軍との戦闘で破壊されている。米国の戦略は単に「ウクライナ人の最後の一兵まで戦う」ことではなく、NATO各国の在庫から払い出される最後の戦車、ミサイル、その他の兵器まで戦うことであることが明らかとなった。
NATOの在庫の武器が枯渇すれば、米国の軍産複合体を潤す膨大な代替市場が生まれることになると期待されていた。NATOの顧客はGDPの3%、あるいは、4%まで軍事費を増やすように言われている。しかし、ウクライナの戦場における米独の武器の低調なパフォーマンスはこの夢を打ち砕いたかも知れない。そして、ロシアとの貿易を断ち切られたドイツの産業経済はすっかり狂っており、ドイツのクリスチャン・リンドナー財務相は、2023年6月16日、「ディ・ヴェルト」紙に向けてドイツはもはや長年最大の拠出国であった欧州連合(EU)予算にこれ以上の資金を投入する余裕はないと語った。
ドイツの輸出がユーロの為替レートを支えてくれなければ、ヨーロッパがLNGを購入し、NATO諸国が枯渇した兵器の在庫を補充するために米国から新しい武器を購入する際、ユーロ通貨はドルに対して圧力を受けることになる。為替レートの下落は欧州の労働者の購買力を圧迫し、再軍備のための社会支出の削減や天然ガス助成金の支給は欧州大陸を不況に陥れようとしている。
米国の支配に対する国家主義的な反発が欧州政治全体に高まりつつあって、米国が欧州の政策を掌握する代わりに、米国は欧州だけでなくグローバル・サウス全体でも敗北を喫することになるかも知れない。バイデン大統領が約束したようにロシアの「ルーブルが瓦礫と化す」どころか、ロシアの貿易収支は急上昇し、金供給量は増加している。現在、自国経済の脱ドル化を目指している他の国々の金保有量も同様に増加している。
ユーラシアとグローバルサウス諸国を米国の軌道から追い出しているのは米国自身の外交である。米国の思い上がった世界一極支配の推進は内部から急速に崩壊したに過ぎない。バイデン・ブリンケン・ヌーランド政権はロシアのウラジーミル・プーチンも中国の習近平国家主席にとってはこれほど短期間に達成することは望めなかったことを簡単にやってくれたのである。プーチンと習近平のどちらにも米国中心の世界秩序に代わる新秩序を構築する用意はなかった。しかし、ロシアやイラン、ベネズエラ、中国に対する米国の経済制裁は、EUの外交官ジョゼップ・ボレルが言っているように、米国/NATOの 「庭」の外にある世界の 「ジャングル」において自給自足を強いる保護関税障壁効果をもたらした。
1955年のバンドン非同盟諸国会議以来、グローバルサウス諸国やその他の国々は米国の支配に不満を抱いてきたが、彼らはこれまで実行可能な代替策を打ち出すほどの勢いに欠いていた。しかし、米国がNATO諸国にあったロシアの公的ドル準備高を没収したことから、彼らの関心は今や米国によるロシア資産の差し押さえに集中している。この出来事によって、米ドルは国際的な貯蓄を保持するのに安全な手段であるという考えは消え去った。それよりも前に、イングランド銀行はロンドンに保管されていたベネズエラの金準備を押収し、米国の外交官が指定した連中、つまり、大統領選挙で現社会主義政権に反対する連中に寄付することを約束した。ところで、リビアの金準備はその後どうなっているのだろうか?
米国の外交官たちはこのようなシナリオを考えることを避けている。彼らは米国が提供するに違いない唯一の優位点に頼るのだ。空爆は控えるかもしれないし、米国民主主義基金によって「ピノシェット」のために起こしたようなカラー革命は控えるかも知れない。あるいは、ロシア経済を切り売りする新たな「エリツィン」寡頭専制政権の擁立は避けるかもしれない。
しかし、このような行動を控えることは米国が提供することが出来ることのすべてなのである。米国は自国の経済を脱工業化し、海外投資については技術の独占や石油・穀物貿易の支配権を米国の手に一極集中させることによって、これは利潤の追求ではなく、経済効率の問題であると考えるかのごとく、独占的な利潤を追求する機会を切り開こうと考えている。
ところが、実際に起こったのは意識の変化である。グローバル・マジョリティは自分たちが望む国際秩序とはどのようなものなのかを意識し、自主的かつ平和的に交渉して選択しようとしている彼らの姿をわれわれは目にしている。彼らの目標は単にドルの使用に対する代替手段を提案することではなく、IMFや世界銀行、SWIFT銀行決済システム、国際刑事裁判所、そして、米国の外交官たちが国連からハイジャックした諸々の機関に対するまったく新しい制度的な代替手段を生み出すことにある。
その結末は文明的な領域にまで及ぶであろう。われわれが目にしつつあるのは「歴史の終焉」ではなく、米国中心の新自由主義的な金融資本主義とそれに伴うガラクタ経済学である民営化や労働者に対する階級闘争、そして、経済的ニーズと生活水準の上昇を賄うための公益事業ではなく、通貨や信用は一握りの金融階級の手に私有化されるべきだという考えに取って代わる、まったく新鮮な選択肢なのである。
皮肉なことに、米国の歴史的役割はこんなであった。つまり、米国自身はこうした路線で世界を導くことはできなかったけれども、ウクライナの平原でロシアを征服し、米国のIT独占の試みを打ち破ろうとする中国の技術を孤立させることによって世界を対立的な帝国体制に閉じこめようとしたことが世界の多数派をこういった新路線に向かわせる大きなきっかけとなったのである。
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これで全文の仮訳は終了した。
著者がヘロドトスの書からリュディアの王、クロイソスの逸話を冒頭で引用してくれたことで、バイデン政権がウクライナで実現しようとした目標がはっきりと浮き彫りにされ、しかも、それが失敗に終わったことは歴史的必然であったとさえ言えるような気がする。歴史的な大局観を養う上で見事な論説だと思う。これは一人でも多くの皆さんに読んでいただきたい記事だ!
日本でこの記事をもっとも真面目に読んでいただきたいのは、究極的には、岸田政権であろう。裸の王様振りを自覚していただきたいと思う。
米国のデルフィの信託者たちは、上述のように、ロシア経済が破綻し、プーチン政権が崩壊することを目指していた。最近の情報によると、ウクライナにおける特別軍事作戦に対して発動された米国と西側の同盟国による経済制裁の影響でロシア経済は昨年は前年同月比で月間GDP成長率はマイナス成長を記録し続けていたが、今年の4月はプラス3.4%へと変わり、5月はプラス5.4%となった。世論調査を見ると、ロシア国内の団結は固い。これはロシア経済が持ち直したことを物語っているのかも。さらに半年から1年もすれば、もっと確定的なことが言えることであろう。
参照:
注1:America Has Just Destroyed a Great Empire: By MICHAEL
HUDSON, The unz review, Jun/29/2023
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