1年半程まえのものではあるが、乗松聡子氏のこの記事、「ウクライナ、忘れられられている死者たちは誰か(上)」は、ロシア・ウクライナ戦争を語る時その歴史的文脈を無視した議論はまったく意味を成し得ないことを丁寧に説明している。
私は、ロシア・ウクライナ戦争に関する投稿をする際には、できる限り2014年のマイダン革命にまで遡って、歴史的背景に焦点をあてることを常としてきた。
この乗松聡子氏の記事は、1年半程前のものであるが、日本のメデイアの報道姿勢を痛烈に批判する記事でもある。さらに付け加えれば、この記事は、2023年12月の現時点では実質的にはもう終わったと言われているロシア・ウクライナ戦争はどういった戦争であったのかを今改めて総括するに当たって、特に、われわれのような一般庶民にとっては、極めて啓蒙的であり、有用な内容でもあると言えると思う。
本日はこの記事を転載し、読者の皆さんと共有しようと思う。
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以下、2022年4月17日に開催された、「緊急企画:ウクライナについてのオンラインイベント」(日本国際法律家協会・ピースフィロソフィーセンター共催)における乗松聡子の講演の内容をもとに、5月11日時点の情報も加えて加筆修正したものである。ソースは主に文中リンクで示し、文末注も使用している。
米国の「ピープルズ・パーティ」のツイッターアカウントに投稿された上のイラストは、ウクライナ戦争での遺体を前に、「こんな恐ろしいことに世界は目を背けるわけにはいかない!」と嘆いている人の姿を描いているが、実はこの人自身が背を向けている遺体の山のほうがはるかに大きいという皮肉を表している。そして今日私が話そうとしているのは、この山の中にいるウクライナの人々のことだ。要するに、ウクライナ人の被害者の前に心を痛めるこの人は、ウクライナ人の被害者の中でも一部にしか目を向けていないということである。
・歴史と文脈の欠如を補う
日本を含む西側諸国のウクライナ情勢報道には、歴史性と文脈が決定的に欠けていると感じる。今起こっていることを理解するには少なくとも冷戦終結時に戻らなければいけない。このスライドに綴った歴史だけでもとても語りきれない背景がある[i]。 米国はNATO不拡大の約束を破り、ロシアの目と鼻の先まで迫り、ルーマニアやポーランドに地上配備型迎撃ミサイル基地を配備している。これがロシアへの威嚇でなければ何なのか。
ロシアは一貫してNATO拡大が自国の安全保障における大きな脅威であるということを繰り返し訴えてきた。なかでも2007年2月のミュンヘン安全保障会議でのウラジミール・プーチン大統領の演説は特記に値する。プーチン大統領は、国連重視の多極的世界を訴え、NATOの拡張については「相互信頼を低める挑発だ」と強い懸念を示した。NATOやEUが、国連と入れ替わる存在であってはいけないとも言っている。15年後の今、それが実現してしまっているようだ。
・プーチン大統領が「多極化」を訴えて以来悪魔化が加速
フランス在住の米国人ジャーナリスト、ダイアナ・ジョンストン氏は3月16日の『コンソーシアム・ニュース』の記事「ワシントンにとって、戦争は決して終わらない」でこのように言っている。
「2007年2月11日、ロシアの西洋かぶれプーチンは、西側の権力の中心であるミュンヘン安全保障会議に行き、西側に理解されるよう求めた・・・プーチンは、米国が押し付けている『一極集中世界』に異議を唱え、『一部の者だけでなく、すべての者の安全と繁栄を確保する公正で民主的な世界秩序の構築において協力できる、責任ある独立したパートナーと交流したい
』というロシアの希望を強調したのである。西側諸国の主要なパートナーの反応は、憤慨と拒絶であり、15年にわたるメディアキャンペーンでプーチンをある種の悪魔のような存在として描いてきた」。
このときの動画を観れば、プーチン氏が理路整然と正論を述べ、米国の一極支配に異議を申し立てる様子を観られる。そしてそれを聞きながら、そこにいた西側の指導者たちは驚いたり、戸惑ったり、呆れたようなリアクションをしていることがわかる。動画で確認できるのは、米国のロバート・ゲイツ国防長官、ジョン・マケイン上院議員、ドイツのアンゲラ・メルケル首相などだ。ジョンストン氏の観察によると、この演説をきっかけに西側諸国のプーチン氏叩きが加速したということだ。
プーチン大統領についてどのようなことが言われてきたかについては、フランス大統領選候補のフランソワ・アスリノー氏が動画で語っており、成城大学教員のデニス・リッチズ氏が自身のウェブサイトで英語で紹介している。そこから抜粋した悪口の例を下のスライドで見てほしい。
しかし見てみると、これらがたとえ「本当」だったとしても何がいけないのかわからない表現ばかりである。これらをプーチン氏の中傷のために使うような人たちはそもそも差別主義者だ。また、西側メディアは、このような表紙で、ビジュアルにプーチン氏を悪魔化する表紙や挿絵を繰り返し使ってきた。
・「マイダンクーデター」米国関与の証拠、「ファック・ザ・EU」電話の中身
もう一つここで注目したいのは、2013年秋から2014年初頭のキエフにおける、市民デモに暴徒が注入され多数の死者を出し、民主的に選ばれたビクトル・ヤヌコビッチ大統領が追放される結果となった、「マイダン革命」と言われる事実上のクーデターである。米国関与の決定的証拠である、ビクトリア・ヌランド欧州ユーラシア担当国務次官補(当時)とジェフェリー・パイアット駐ウクライナ米国大使の電話会談がマイダンデモ最中の2014年2月4日にリークされた。ヌランド氏が「Fuck the EU(EUなどくそくらえ)」と言ったことから、当時のEU指導者たちを怒らせ、ヌランド氏も謝罪していることからも、真正であることが確認されている電話会談である。
BBCのウェブサイトには解説つきの完全書き起こし文も掲載されている。この会談ではヌランド氏とパイアット氏が、現にヤヌコビッチ大統領が在任中であるにもかかわらず、マイダンデモを扇動していた3人の親米的な有力野党指導者の中で、次のウクライナ指導者が誰であるべきかを論じている。
ヌランド氏は「クリッチは政府に入るべきではない」と言っている。元プロボクサーのビタリー・クリチコ氏のことで、マイダンクーデター後にキエフ市長となり現在にいたる人だ。パイアット氏は、「クリッチは外に出て政治的な宿題などやらせておけばいい」と言いながら、「民主党の穏健派をまとめたい」として、そういう意味では、というニュアンスで、3人の中でも極右度が極めて高いオレーフ・チャフニボーク氏を「問題はチャフニボークとその仲間たちでしょう」と懸念を示している。
チャフニボーク氏は建国時から極右ファシスト・反共・嫌露・嫌ユダヤ、名前からもロゴからも明確にナチス思想を継承している「ウクライナ社会民族党」のメンバーとなり、その後「全ウクライナ連合『自由』」(「スヴォボダ」)と名前を変えた、暴力的な行動でも知られるネオナチ党の党首となり今に至る。
電話会談でのパイアット氏の発言からは、チャフニボーク氏を推すとなると穏健派の支持が得られないのではないかという懸念を匂わせている。それに対しヌランド氏は「ヤーツが経済経験も統治経験もある」と言って、やはり親欧米・反露中道右派の政治家、ウクライナ議会議長も務めたことがあるアルセニー・ヤツェニク氏を推薦している。ヌランド氏は、ヤツェニク氏が大統領になってもクリッチ氏とチャフニボーク氏の外からの助力が必要であり、この2人と「週に4回は電話で話すべきだ」と言っている。
パイアット氏が極端なネオナチであるチャフニボーク氏について懸念を示している様子に対しヌランド氏はお構いなしのようだ。第二次世界大戦後の「ペーパークリップ作戦」「グラディオ作戦」や、戦時ナチスと協働したウクライナ国粋主義者を反共ゲリラ部隊として活用するなど[ⅱ]、米国のロシアを倒すためならナチスでも何でも使えという考えがここにも見え隠れする。
パイアット氏は、ヤツェニク氏がこの野党3人衆とヌランド氏やパイアット氏との会談を提起していることにも触れており、マイダンクーデターにおいて野党3指導者がヌランド氏やパイアット氏など米国政府の影響下で動いていたことは明らかである。そしてヌランド氏は、当時のバン・キムン国連事務総長や、ロバート・セリー事務総長上級顧問の名前も挙げ、国連からの助力も確保していると自信有りげに言っており、国連の中立性さえ捻じ曲げられていた可能性がうかがえる。
その流れでヌランド氏は「Fuck the EU」の発言をしたのだ。ヌランド氏がEUに対してウクライナ政権転覆への協力の相談をしたかどうかは定かではないが、この言葉からは少なくとも、ヌランド氏はEUからの協力が得られないことを確信していたことがうかがえる。
会話の最後の方には、当時のジョー・バイデン副大統領、バイデンの側近であったジェイク・サリバン国家安全保障担当副大統領補佐官が意欲的に待機している様子が語られている。当時オバマ民主党政権下でこのクーデターが指揮され、その後トランプ政権を経てこの二人はいまそれぞれ、大統領、国家安全保障問題担当大統領補佐官としてウクライナ政府を操っている連続性がある。
ウクライナではマイダンクーデターのさらに10年前、04年には「オレンジ革命」があり、このときもロシアに近いヤヌコビッチ候補が西側に近いビクトル・ユシチェンコ候補より得票が上回っていたのに、西側の支援を受けた市民団体らによる選挙結果への大抗議があり、最高裁判所が選挙のやり直しを命じ、ユシチェンコ大統領が誕生した。
ウクライナでは1991年の建国時の頃からすでに、ウクライナをロシアから遠ざけ西側に近づけるため米国が、CIAから派生した機関である全米民主化基金(NED)、米国国際開発庁(USAID)、などを通して資金を提供しメディア、各種団体を設立し、米国の外交政策に有利な市民社会を作る計画が進んでいた。
英国の『ガーディアン』紙は、04年11月26日の「キエフの混乱の背後にある米国のキャンペーン」という記事で、このオレンジ革命が「米国の創造物であり、西側のブランド戦略とマス・マーケティングを洗練し見事に考案したもの」で、「米国政府が資金を提供し、米国のコンサルタント会社、世論調査員、外交官、米国の二大政党、米国の非政府組織を動員して組織された」キャンペーンと言い切っている。
投資家で「オープン・ソサエティ財団」創設者のジョージ・ソロス氏は、2015年4月、自身が設立したシンクタンク「Institute for New Economic Thinking」の催し「ヨーロッパの未来」で、カナダのクリスティア・フリーランド下院議員(現在は財務大臣兼副首相。ウクライナ民族主義者・反露活動家としても知られる)のインタビューに答え、ウクライナ建国(1991年)の2年前から財団支部を設置し人材育成のために奨学金を出し、25年後のウクライナの市民社会はおもに財団の仕事の成果であると誇らしげに語った。
フリーランド氏も、その時点のウクライナ指導部(2015年なのでマイダン派が主流だったはず)で自分の知り合いはほとんどがソロス氏から奨学金をもらった人たちだと絶賛している。
著者のプロフィール:乗松聡子は東京出身、1997年以来カナダ・バンクーバー在住。戦争記憶・歴史的正義・脱植 民地化・反レイシズム等の分野で執筆・講演・教育活動をする「ピース・フィロ ソフィーセンター」(peacephilosophy.com)主宰。「アジア太平洋ジャーナル :ジャパンフォーカス」(apjjf.com)エディター、「平和のための博物館国際ネッ
トワーク」(museumsforpeace.org)共同代表。編著書は『沖縄は孤立していない 世界から沖縄への声、声、声』(金曜日、2018年)、Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United
States (Rowman & Littlefield, 2012/2018)など。
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乗松聡子氏の記事全文の転載は以上である。
日本の主流メデイアがロシア・ウクライナ戦争について、今日、どのようなスタンスをとっているのかについては、ブカレストに住んでいる小生にとっては正確に指摘することは難しい。とは言え、昨年の2月以降の西側のプロパガンダ、つまり、「ロシアの軍事侵攻は許せない」、「プーチンは悪党だ」といった、2014年のマイダン革命から2022年2月24日に至るまでの8年間の歴史を完全に無視した当時の一方的な主張の延長線上に依然として乗っかっているのではないか。
乗松聡子氏の記事以外にもインターネット上にはさまざまな情報がある。幅広く情報を入手し、自ら解析し、自分自身の結論を導くことが、好むと好まざるとにかかわらず、かってない程に重要となっている。
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